ピースとピコとムースの満腹な毎日
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Posted by りん
 
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続き…(6)病院
病院に着くまでピースはフセをしながら顔を上げたりして、お外の様子が気になるようだった。

2010年07月11日(日) 曇り
まだ梅雨明けしていなかったこの時でも太陽が出れば暑かった。
でもこの日は曇り。気温が下がっている分、ピースにとっても過ごしやすくて良かったと思った。

8:30am頃には病院に着いていた。
車で病院が開くのをピースと2人で待つ。

車の前に人が通る。こちらを見る。
ピースも気になり顔を上げる。
人の気配がする度にピースはフセをしながら顔を上げて、またフセを繰り返していた。

看護婦さんが車で到着。
8:40am頃、当番医の先生が来た。
車の窓越しに『どうですか?』と声を掛けてくれた。
『ずっと吐いていて、朝からあまりうまく立てないんです。』そのような事を私は言った気がする。
『今、開けますからちょっとお待ち下さいね。』と先生は仰った。


私はピースを車から降ろそうとしたが、ピースは車から動きたくない様子。

20100711(sun)08:44am/peace

今思えば、身体が大変で動きたくなかっただけではなく、お家に帰りたかったかもしれない。。。

2010071108:45am/peace

これがピースが生きている最後の写真に。

ピースの右うしろ足は一度座席に乗せたけど、写真で分かるようにズルリとすべって落ちてしまい、力が無いとこの時私は分かった。
なのに、私はピースを病院に預けた。
ごめん。ごめんねピース。



しばらくして病院が開く。
先生と看護婦さんが来て、ピースを車から抱えて降ろしてくれた。

診察室まで私がリードを持ち、ゆっくりゆっくり、ゆっくり2人で歩いた。


いつもとは反対側、向かって左の診察室へ。
診察台に先生たちが乗せてくれた。
お熱を測る。この時の熱はあまり覚えていない。
でも確か朝と変わらなかった気もする。
40.3℃だったか、、、それか上がってしまい40.6℃だったと思う。

ピースは診察台に上がり、オスワリをしたのも束の間。
診察台にフセをしていた。
簡単な言葉になってしまうけど、本当に大変だっただろう。
身体が辛くてフセをして、診察台が冷たくて少し気持ち良さそうだった。
女の獣医さんも『いいよ~』とピースに言ってくれた。

そして簡単な血液検査。
機械に少しオロオロしながら先生たちは機械に向かっていた。

私は診察台の上でフセをして、少し顔を上げ目を細めて辛そうなピースの左頬に私の右頬を寄せて頭を撫で、『大丈夫だよ』と声を掛けた。



確かな数値は言ってもらえなかったけど、結果の紙を見た私はピースの白血球が500か600しかないのだと分かった。

前日、病院から帰ってから朝までの様子をメモした私はそれを先生に渡した。
嘔吐物も持参して来たのでそれも渡して見てくれた。
朝、車に乗せる前に、真っ黄色なおしっこと、少しうんちをした事も伝えた。
嘔吐物の黄色い液を胆汁だと思っていた私は、『胃液』と説明された。
後々調べるとやはり黄色い液は“胆汁”で白い泡は“胃液”と載っている。
他、白血球の話をしてもらったが、いつもの副院長先生が仰った説明とほぼ変わらなく、どちらかと言うと若干頼り無さげだった。

私のメモを読んで女の先生は『(嘔吐)30分置きですね。。。じゃあほとんど寝てないでしょう?』と仰ってくれた。
張り詰めていた気持ちが張り裂けそうだった。
でも、一番眠れていないのはピース本人だったんだ。


解熱剤と抗生物質の注射を打ち、点滴をする為にピースを預けた。

念の為にすぐ連絡を取れるように先生が携帯番号をと仰ったので番号を伝えた。

『夕方4時頃に一度連絡を…』等と女の先生が言っていたけれど、その意味が分からなかった。
先生が連絡してくれるのか、私が連絡するのか、お迎えに行く時間なのか…。

『お預かりしますね。(私が寝ていなかったので)少し休んで下さいね。』と仰ってくれた。

ピースは十分に頑張っているのを分かって『ピース頑張れ!ちゃんとお迎え来るからね!』と言う私に、女の先生も『ね、ちゃんとお迎え来るからね。』と仰って、『すいません、お願いします。』と奥に連れてかれるピースを見て預けた。


車に乗って涙が溢れてきた。
泣きながら家まで運転して帰った。

家に帰っても涙が止まらない。色々調べたけどまだよく分からない。
なんの病気なの??なんでピースは良くならないの?
10:30am頃だったか11:00am過ぎだったか、、、
私は泣きながら寝てしまった。


今思えば、病名なんてどうだっていい。
ピースがどうしたかったか、誰と居たいのか考えてあげれば良かった。
だけどあの時の私にはそんな余裕が無かった。
病院に行けば“今日こそ少し良くなって帰ってくる”と、そう信じて3日間病院に通った。
だから、ちょっと我慢して頑張ってもらおうと預けた。
ただでさえ辛い身体なのに、頑張ってもらおうとした。バカだった。

ピースがこんな状態でも“死”なんてどこの片隅にも無かった。
ずっと治療をして、元気になったり悪くなったり、また元気になったり…を繰り返して少しずつ元気になっていくと本気で思っていた。
だから病院へ預けた。
万が一倒れてしまっても病院なら家から搬送するより処置が早く出来るし、それによって助かると思っていた。
本当に本気で死という言葉は頭に無かった。

もし副院長先生に『心の準備はしておいて下さい』等と言われていれば、また色々考えていたのかもしれない。
12日(月)にはCT検査と骨髄検査をして、原因を探して、それに合う治療をしていく…。
私はそれを目指して、先生の事も信用して通っていた。
強い薬での副作用等、これから出てくるだろう問題に立ち向かっていれば、苦しくない治療や過ごし方を考えただろう。
言い訳かもしれないけど、“死”を覚悟したなら、病院へ行かなかった。
先生を信用しないのでは無く、家族で看取りたかったから。


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Posted by りん
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[病院・病気
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